人物

後周の親衛軍司令官から、宋王朝の建国者となった。960年の陳橋の変で自らの部隊に擁立され、肩には黄色い皇帝の袍が掛けられた──「黄袍加身」である。

何をしたか

彼はこの時代のクーデターの連鎖を、意図して断ち切った。961年の名高い宴席で、高位の将軍たちを手厚い恩給と引き換えに引退させ──「杯酒釈兵権(杯の酒で兵権を解く)」──、軍を文民統制の下に置き、科挙を拡充して、宋を特徴づける文官国家をつくり上げた。その軍は南方諸国の大半を併合した。976年に死去し、弟が後を継いだ。後世の「燭影斧声」の暗殺譚は伝説であり、確かな事実ではない。

後世への影響

宋の文治官僚制モデル──そしてその代償としての軍事的な弱さである。