人物

クレオパトラ7世(前69年〜前30年)はプトレマイオス朝最後の支配者で、前51年から前30年まで、当初は弟たちとともに王位にあった。プルタルコスによれば、王朝で初めてエジプト語を学んだとされ、後世の伝説が言う純粋な美貌よりも、その魅力と知性で知られたという。

何をしたか

アレクサンドリア戦争でユリウス・カエサルの後ろ盾を得て王位に復帰し、前47年には二人の息子カエサリオンが生まれた。カエサル暗殺(前44年)後はマルクス・アントニウスと結び、三人の子をもうけた。東方の領土を彼女の子どもたちに分与した「アレクサンドリアの贈与」(前34年)は、ローマを開戦へと押しやる一因となった。前31年、オクタウィアヌスはアクティウムの海戦でアントニウスとクレオパトラを破り、前30年に二人は自ら命を絶った——毒蛇(アスプ)に噛ませて死んだという話は古代の伝えに由来し、確かではない。

後世への影響

彼女の死とカエサリオンの殺害により、プトレマイオス朝の支配は終わり、エジプトはローマの属州となった。クレオパトラは歴史上もっとも繰り返し語り直されてきた人物の一人であり、シェイクスピアの戯曲からオペラ、映画に至るまで、その物語は描かれ続けている。