人物
アイスキュロス(前525年頃〜前456年)はアテナイの悲劇詩人で、三大悲劇詩人のうち最も早い世代に属する。マラトンの戦い(前490年)でペルシア軍と戦った従軍者であり、伝承によれば、その墓碑銘には詩業ではなくこの従軍のことだけが記されたという。シチリアのゲラで没し(前456年)、鷲が頭上に亀を落として死んだという話は伝説である。
何をしたか
アリストテレスは、第二の俳優を導入して合唱の上演を劇へと変えた功績を彼に帰している。壮大な言葉づかい、舞台上のスペクタクル、連結された三部作構成を特色とした。およそ70〜90篇の作品のうち7篇が現存する。『ペルシア人』(前472年)は歴史上の出来事を扱った唯一の現存ギリシア悲劇で、サラミスでの敗北をペルシア宮廷の側から描き、敗者への際立った共感を示す。『オレステイア』三部作(前458年)は、復讐がアレオパゴスの法廷での裁きへと変わる過程を主題とし、法の起源神話となっている。エレウシスの秘儀を漏らしたとして告発されたという話は古くから伝わるが、確かではない。
後世への影響
西洋演劇の創始者的存在と見なされている。伝承によれば、死後もその作品は国費による再演という他に例のない栄誉を認められたという。