人物

テミストクレス(前524年頃〜前459年頃)はアテナイの政治家である。アテナイの海上権力の設計者にしてサラミスの勝利の立役者と広く評されてきた。トゥキュディデスは名高い人物評のなかで、その即興の才と先を見通す力という天与の資質を称えている。

何をしたか

前483年から前482年にかけ、ラウレイオンで湧いた銀を市民に分配せず三段櫂船の艦隊建造に充てるようアテナイを説得した。この決断がのちのサラミスの勝利を可能にした。前480年のサラミスの海戦では、ヘロドトスの伝えるところによれば、彼の策略がペルシア艦隊を狭い海峡へ誘い込んだ。戦後はスパルタの反対を外交的な引き延ばしでかわしてアテナイの城壁を再建し、ペイライエウスを要塞化して、海洋国家アテナイの未来を築いた。しかしやがて失脚し、前472年か前471年頃に陶片追放され、さらにペルシアへの内通の嫌疑(その真偽は今も議論がある)により欠席のまま断罪された。

後世への影響

その最期は大きな皮肉に彩られている。彼はペルシア帝国へ亡命して王に厚遇され、小アジアのマグネシアの総督を死ぬまで務めた。牡牛の血を飲んで死んだという話は伝説である。ギリシアの救い主でありながらペルシアの総督として世を去った彼は、才気にあふれ、しかし正体のつかみがたい政治家の典型として記憶されている。