人物
コロコトロニスは1770年、ペロポネソスの名高いクレフテスの一族に生まれた。若くして無法者の闘士として戦い、1821年以前にはロシア軍、次いでイオニア諸島のイギリス軍で士官を務めた。ギリシア独立戦争で最も傑出した軍事指導者と一般に評価されている。
何をしたか
開戦とともにペロポネソスの非正規兵を組織し、1821年にはトリポリツァを包囲して攻略した。1822年のデルヴェナキアの戦いは彼の最高傑作とされ、峠道でドラマリスの軍を壊滅させた。イブラヒム・パシャの侵攻に対しては、ゲリラ戦による抵抗を指揮した。ただし革命内部の抗争は彼にも両様に働き、内戦のさなかの1825年に敵対派閥によって投獄され、イブラヒムの脅威が彼の力を必要とすると釈放された。オソン王の摂政政府下の1834年には政治的な裁判で反逆罪により死刑を宣告されたが、判事ポリゾイディスとテルツェティスが署名を拒んだ逸話は名高く、1835年に恩赦を受けた。
後世への影響
口述で残された回想録は革命の古典的な史料であり、その肉声を今に伝える。モレアの古老と呼ばれた姿は独立の闘士の国民的イメージそのものとなり、騎馬像が立てられ、かつての5000ドラクマ紙幣に描かれ、教科書の記憶として受け継がれている。