何が起きたか
1894年初め、朝鮮固有の宗教である東学(「東方の学」)の信徒と困窮した農民が、全羅道で全琫準のもとに蜂起した。全琫準は「緑豆将軍」の異名で語り継がれる。農民軍は政府軍を破って1894年5月に全州を占領し、休戦(全州和約)によって各地に改革のための機関が置かれた。しかし朝廷はすでに清に出兵を要請しており、日本も求められないまま出兵し、両国の朝鮮での衝突は日清戦争となった。農民軍は同年秋、日本の干渉に抗して再び蜂起したが、1894年11月、近代兵器を備えた日本軍と政府軍に牛禁峙で壊滅させられた。全琫準は捕らえられ、1895年に処刑された。
背景
腐敗した地方官、苛烈な税、深まる外国の侵出が、農村を限界に追い込んでいた。
影響
蜂起は甲午改革と、朝鮮をめぐって戦われた戦争を引き起こし、韓国の民主化運動が今も想起する民衆抗争の系譜を残した。