人物

両班の家に生まれた朝鮮の独立運動家で、カトリック信者(洗礼名トマス)。はじめ教育者として活動し、1907年の韓国軍解散の後は義兵闘争の指揮官となった。

何をしたか

1909年10月26日、ハルビン駅で、日本の元老で初代韓国統監の伊藤博文を射殺した。裁判では、自らは大韓独立軍の参謀中将として行動したと主張し、伊藤の韓国に対する罪状——記録に残る「十五の罪」——を列挙した。1910年3月26日、旅順監獄で処刑された。獄中では書を残し、韓・中・日の協力を提唱する未完の論策「東洋平和論」を著した。

後世への影響

南北朝鮮の双方で愛国の義士として顕彰され、中国でも記念されており、ハルビンには記念館が建てられている。一方、日本では建国の元勲を暗殺した人物と見なされている。