概要

高宗の大韓帝国は、完全な主権の宣言であり、近代化の推進でもあった。光武改革により、インフラ、学校、近代的軍隊の整備が進められた。

主な動き

その独立は列強の狭間で押しつぶされた。日露戦争(1904–05年)の後、1905年11月の保護条約(乙巳条約)により外交権が日本へ移され、日本の統監が実権を握った。韓国はこの条約について、強制されたものであり無効であると長く主張している。

1907年、高宗がハーグ平和会議へ送った密使は発言を拒まれた。日本は高宗を退位させ、韓国軍を解散させ(1907年)、これが「義兵」の抵抗を燃え上がらせた。

終わりと移行

1910年8月の併合条約により、朝鮮の国家としての地位は35年間にわたり失われた。