人物
島の貧しい家に生まれ、唐に渡って武官として身を立てた。新羅に帰国すると朝廷を説得し、828年に莞島に清海鎮を設置。朝鮮の人々を襲う海賊と奴隷売買の取り締まりにあたった。
何をしたか
清海鎮を拠点とする船団は、新羅・唐・日本を結ぶ三角交易を支配するに至った。日本の僧・円仁の旅行記には、その交易網の広がりや山東半島沿岸にあった彼の寺院が記録されている。やがて新羅の王位継承争いに巻き込まれ、朝廷が送った刺客に暗殺された。没年は日本側史料では841年、三国史記では846年とされる。清海鎮はまもなく廃止された。
後世への影響
韓国では海上交易の先駆者として称えられ、現代の韓国海軍の潜水艦の艦級にその名が付けられている。