人物
高麗の建国者で、死後は太祖と諡された。開城の海上商人の家に生まれ、反乱王・弓裔の下で将軍として頭角を現し、918年、弓裔に離反した武将たちに推されてこれに取って代わった。
何をしたか
敵対者への融和で名高く、935年に新羅最後の王の平和的な降伏を受け入れ、936年に後百済を破って半島を再統一した。有力な地方豪族とは婚姻同盟で王室に結びつけ、伝承では29人の后妃を数える。彼に帰される「訓要十条」は後継者に統治と仏教について説くが、その真偽には議論がある。
後世への影響
彼が建てた高麗は「コリア(Korea)」という国名の由来となり、五世紀にわたる王朝を朝鮮にもたらした。