人物
本名は李公蘊(リ・コン・ウアン)。僧ヴァン・ハン(万行)のもと仏教寺院で養育・教育を受け、前黎朝の近衛軍を率いる地位まで昇った。1009年に黎朝最後の君主が没すると、宮廷と仏教界に推されて即位し、李朝を開いた。
何をしたか
最大の事績は1010年の「遷都の詔」である。手狭なホアルーから大羅(ダイラ)へ都を移し、タンロン(昇龍、「昇る龍」の意)と改名した。現在のハノイである。詔は現存し、その地の中心的な位置と発展の余地を理由に挙げている。篤い仏教の庇護者として寺院を建立し、刑罰を緩和した。
後世への影響
タンロンはベトナムの千年の都となり、ハノイは2010年に建都1000年を祝った。彼の開いた李朝は200年以上続いた。