人物

呉権は、自立して統治していた節度使ズオン・ディン・ゲの娘婿にあたる武将であった。義父が政敵に殺され、その政敵が南漢の軍を招き入れると、呉権は簒奪者の討伐に立ち上がった。

何をしたか

簒奪者を打ち破った呉権は、938年、白藤江で南漢の侵攻軍を迎え撃ち、干満のある川底に隠した鉄の先端付きの杭で敵艦隊を壊滅させた。939年に王を称し、古い城塞都市コロア(古螺)から統治した。治世は短く、944年に没すると、国は「十二使君」の無政府状態に陥った。

後世への影響

ベトナムの歴史叙述では「独立の建国の父」と称される(この呼称は後世の評価として伝わる)。白藤江の杭の戦法は国の戦例の手本となり、1288年のモンゴル軍との戦いでも繰り返された。