人物

科挙で栄誉を得た儒学者から革命家に転じ、フランス植民地支配に抗するため、1904年に維新会(ズイタンホイ)を結成した。

何をしたか

1905~08年の東遊(ドンズー)運動を率い、約200人と伝えられるベトナム人学生を日本留学に送り出したが、1907年の日仏協約の後、フランスの圧力を受けた日本は学生たちを国外へ退去させた。1912年以降は中国で、共和制を掲げるベトナム光復会を結成した。1925年に上海でフランスの工作員に拉致されハノイで裁かれたが、世論の強い反発の中で刑はフエでの軟禁に変わり、「ベンングーの翁」と呼ばれながら1940年に没した。

後世への影響

激しい筆致の歴史書や檄文は一つの世代を形づくった。士大夫層から近代ナショナリズムへの架け橋であり、ホー・チ・ミンの世代は彼の著作を読んで育った。