人物
1765年、衰退期の黎朝に仕える官僚の家に生まれた。王朝の崩壊を経て新しい阮朝に仕えたが、伝承ではその出仕は、滅んだ旧王家への忠義を抱えたままの不本意な奉公だったと語られる。1813年には使節団を率いて中国に赴いた。
何をしたか
代表作「キエウ伝(チュエン・キエウ)」は、六八体の韻律による3,254行の長編詩で、民衆の文字チュノムで書かれ、中国の小説を翻案したものである。家族を救うために身を売り、15年の苦難に耐える貞淑な女性キエウの物語をたどる。
後世への影響
この詩はベトナムで広く暗唱・引用され、頁を開いて占う「キエウ占い(ボイ・キエウ)」という民間習俗もある。ヒロインの運命は、国家自身の苦難の姿として長く読まれてきた。2015年の生誕250周年記念にはユネスコも参加した。ベトナム文学とチュノム芸術の頂点とされる存在である。