人物

チュン・チャク(徴側)とチュン・ニ(徴弐)は、漢の支配下にあった紅河デルタの地方豪族の娘であった。伝承によれば、漢の太守ト・ディン(蘇定)がチュン・チャクの夫を処刑したことを機に、紀元40年、姉妹は反乱を起こした。

何をしたか

反乱は一帯を席巻し、史書は約65の城が落ちたと伝える(史書の数字)。チュン・チャクは女王として統治した。紀元43年までに漢の将軍・馬援が反乱を鎮圧した。ベトナムの伝承では、姉妹は降伏を拒んでハト川に身を投げたとされる一方、中国側の史料は処刑されたと記しており、両説が伝わる。

後世への影響

姉妹は、ベトナムにおける抵抗と女性の指導力の始祖的英雄である。各地の廟に祀られ、ハイ・バ・チュン祭は今も続き、ベトナム各地の郡や通りにその名が残る。