概要

一九七〇年代にサーファーが訪れ、団体向けのホテルが続き、今では店と酒場と貸しボードが数キロにわたって並ぶ。二〇〇二年十月の爆弾事件はジャラン・レギャンで二百二人の命を奪った。跡地には慰霊碑が立ち、この通りを歩く理由は買い物ではなくそちらである。十二月から三月にかけては季節風の海流が海の廃プラスチックを砂に押し上げ、作業員が毎朝取り除いている。

見どころ

サーフィン教室は空港寄りの南端に集まる。波が最も穏やかで、指導員は地元の協会の免許を持つ。砂浜の日没は無料で、島のどこにも劣らないクタの取り柄である。人が多すぎるなら、北のレギャンやスミニャックが同じ海岸の静かな版である。