概要

8世紀、唐の玄宗皇帝の時代に創設され、当初は皇帝のための文書を起草する優れた学者を集める機関だった。王朝を重ねるうちに科挙の世界の頂点となり、明・清代には殿試の最上位合格者だけが入ることを許された。

役割

その学者たちは、勅令の起草、正史や大編纂物の編修——『永楽大典』の編纂にも携わった——そして皇帝や皇子の教育を担った。

その後

北京の院舎は1900年の義和団による包囲戦で焼失し、『永楽大典』の写本の多くが失われた。1911年、清の終焉とともに廃止された。「翰林に入る」ことは科挙制度の最高の栄誉であり、翰林院は士大夫の威信の典型であり続けている。