人物

旧楚の国の名門貴族出身の将で、秦を打倒した反乱軍を率いた。

何をしたか

前207年、鉅鹿の戦いで秦の主力軍を壊滅させ、秦の本拠地に入ると、降伏した秦の君主・子嬰を処刑し、宮殿を焼き払った(前206年)。自ら西楚の覇王を名乗って天下を諸王に分封し、劉邦との楚漢戦争(前206〜前202年)を招いた。前202年、垓下で包囲されると四方から楚の歌が聞こえ(四面楚歌)、故郷までも失われたかに思われた。愛妾・虞美人に別れを告げて包囲を突破し、烏江のほとりで自ら命を絶った。

後世への影響

項羽は文学や戯曲に描かれる中国屈指の悲劇の英雄であり(「覇王別姫(さらば、わが愛)」として知られる物語の題材)、才気が驕りによって滅びることの代名詞となった。