概要
コプト正教会はエジプトのキリスト教徒の教会であり、伝承では1世紀に福音記者マルコがアレクサンドリアで創設したとされる。451年のカルケドン公会議ののち、キリスト論をめぐる教義の相違(合性論の立場)から帝国教会と分離し、独自のアレクサンドリア教皇を戴いた。教会はその系譜をマルコから数えている。古代エジプト語の最終段階にあたるコプト語は、典礼言語として今も生きている。
役割
初期キリスト教時代のエジプトは、キリスト教全体に大きな足跡を残した。アレクサンドリア教理学校はクレメンスやオリゲネスといった教師を生み、キリスト教の修道制そのものもエジプトの砂漠に生まれた。大アントニオスが隠修士の形を、パコミオスが共住修道の形を切り開いたのである。
その後
7世紀以降のイスラーム支配のもとで、コプトは納税義務を負う被保護民として暮らし、しだいに少数派となったが、教会はその後のあらゆる時代を生き抜いた。今日では中東最大のキリスト教共同体であり、一般にはエジプト人口のおよそ1割と推定されるものの、その数字には議論がある。教皇はカイロに座を置き、世界各地の離散共同体も拡大している。近現代には、コプトはたびたび宗派間の暴力や襲撃に直面してきた。