人物

アクエンアテン(在位前1353年頃〜前1336年頃)は第18王朝の王で、アメンホテプ3世の息子である。即位当初はアメンホテプ4世と名乗り、のちにアクエンアテンと改名した。

何をしたか

太陽円盤アテンを最高神に押し上げ、最終的にはほぼ唯一の崇拝対象とし、アメン神をはじめとする他の神々の神殿を閉鎖あるいは冷遇した。この改革は一神教の初期の実験としてしばしば語られるが、その呼び方をめぐっては学者の間で議論が続いている。さらに未開の地に新都アケトアテン(現在のアマルナ)を建設した。アマルナ美術は従来の型を破り、細長い顔立ちの表現や、王妃ネフェルティティと娘たちを描く親密な家族の情景を生み出した。同地で出土した外交用の粘土板文書アマルナ文書は、この時代の対外政策を照らし出している。

後世への影響

死後、旧来の神々の祭祀は復活し、都は放棄された。後世の王名表は彼の名を省き、記念建造物も解体され、異端の王として記憶されることになった。2010年のDNA研究は、KV55墓のミイラ(アクエンアテン本人である可能性が最も高い)をツタンカーメンの父と特定した。