人物
パルマ地方ブッセート近郊のレ・ロンコレで、宿屋を営む家に生まれた。若き日の苦闘と、最初の妻と二人の子の相次ぐ死を越えて、1842年にスカラ座で『ナブッコ』が大成功を収め、19世紀で最も成功したオペラ作曲家としての歩みが始まった。
何をしたか
1850年代初頭には『リゴレット』『イル・トロヴァトーレ』『椿姫』を立て続けに発表し、いずれも今日まで世界で最も上演されるオペラに数えられる。1871年には『アイーダ』、晩年にはシェイクスピアに基づく『オテロ』(1887年)と『ファルスタッフ』(1893年)を完成させた。『ナブッコ』のヘブライの奴隷たちの合唱「行け、わが思いよ」はイタリア民族感情の歌として愛され、統一運動期には「ヴィヴァ・ヴェルディ」の掛け声が「イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ万歳」の頭字語を兼ねた。カヴールの要請で初代イタリア議会の議員も務め、1874年には作家マンゾーニを追悼する『レクイエム』を書いた。
後世への影響
1901年にミラノで死去し、数十万の群衆がその死を悼んだ。ミラノに音楽家のための養老施設カーサ・ヴェルディを遺し、自身もそこに眠る。そのオペラは今も世界の歌劇場のレパートリーの中核であり続けている。