概要
養老律令の衣服令は、礼服・朝服・制服の三種を定め、位階に応じて袍の色を割り当てた。都の官人は、こうして唐風の基準に従って装った。
主な装い
七一九年、衣を右前(左の身頃を上に)に合わせよとの命は、以後の着物の着方を定める慣習を固めた。絹や染め、大陸伝来の仕立てもすでに確立していた。
移り変わり
続く時代に遣唐使が途絶えると、この借り物の宮廷装束は、しだいに日本独自の様式へと育っていく。
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奈良時代には律令国家が宮廷の装いを法で定めた。養老律令の衣服令は唐にならって礼服・朝服・制服の三等を設け、七一九年の詔は衣を左を上に合わせる(右前)よう命じた——今日まで続く決まりである。
養老律令の衣服令は、礼服・朝服・制服の三種を定め、位階に応じて袍の色を割り当てた。都の官人は、こうして唐風の基準に従って装った。
七一九年、衣を右前(左の身頃を上に)に合わせよとの命は、以後の着物の着方を定める慣習を固めた。絹や染め、大陸伝来の仕立てもすでに確立していた。
続く時代に遣唐使が途絶えると、この借り物の宮廷装束は、しだいに日本独自の様式へと育っていく。