概要
平城京(奈良)は唐の長安をモデルに造営され、律令国家はこの時代に最も中国的な形をとった。日本最古の史書である『古事記』(712年)と『日本書紀』(720年)が編纂され、約4500首を収める歌集『万葉集』(8世紀半ば)も成立した。
主な動き
天然痘の大流行(735年〜737年)は人口の大きな部分を奪い、その割合は4分の1から3分の1に及んだとの推計もある。聖武天皇は国家仏教によって危機に応え、諸国に国分寺を建て、東大寺の大仏は752年に開眼供養された。唐の高僧・鑑真は754年に来日し、戒律の伝統を開いた。
終わりと移行
朝廷は奈良を離れ、長岡京(784年)を経て、794年に平安京へ移った。