概要
1428年、ラムソン蜂起で明を駆逐したレ・ロイが王朝を開いた。最盛期は聖宗レ・タイン・トンの治世(1460〜1497年)で、洪徳法典の制定、儒教的な科挙国家の完成、そして南方への拡大が進んだ。1471年の遠征はチャンパの勢力を決定的に打ち砕いた。
主な動き
16世紀以降、王朝の統治は名目だけのものとなった。1527年に莫(マク)氏が帝位を簒奪し、その後は北の鄭(チン)氏と南の阮(グエン)氏が国を分け合い(17〜18世紀)、黎帝は象徴的存在にとどまった。
終わりと移行
1770年代に始まる西山(タイソン)三兄弟の反乱が両勢力を一掃した。西山朝の皇帝クアン・チュン(光中帝)は1789年のテト(旧正月)、ゴックホイ=ドンダーの戦いで清の介入軍を撃破した。同年、最後の黎帝は中国へ逃れた。