概要

貫頭衣は、布に頭を通す穴をあけただけの、これ以上ないほど簡素な衣である。魏志倭人伝は、女は一枚の布の穴に頭を通し、男は幅の広い布を裁つことなく巻いて結んだと記す。体に合わせて仕立てることはなく、裁つこともほとんどなかった。

着方と特徴

衣は肩から下がり、腰で紐や同じ布の帯を結んで押さえる。吉野ヶ里などの復元品は麻布二枚を縫い合わせ、染めずに用い、織り終わりの端は房のままとする。弥生の衣服の実物は出土しておらず、復元はいずれも出土した布片と魏志の記述からの推論であって、細部は互いに食い違う。人々は裸足で歩き、装身具を持つ者は限られていた。

歴史

織布は水稲耕作とともに列島へ入り、原始機は麻や苧麻をその後千年にわたる庶民の衣料へと変えた。絹も同じ頃に北部九州に現れるが、日常の衣ではなく身分の標であった。続く古墳時代には朝鮮半島から仕立てられた二部式の衣——上衣に袴または裳——が入り、縫わない衣は姿を消した。