概要
官服は中国風の制度を保ちつつ、苧麻(からむし)や絹の上質な織物が用いられた。
主な装い
王室が元と姻戚関係を結んだ後期には、宮廷の装いや髪型にモンゴル風が入り、逆に高麗の様式が元でも「高麗様(こうらいよう)」として好まれた。女性のチョゴリは丈を縮め、帯を高く結ぶ方向へ向かった。
移り変わり
朝鮮王朝が興ると、儒教の秩序のもとで、この流れは典型的な韓服の姿へと結実する。
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高麗の装いは、仏教貴族の洗練された文化のもとで発展し、後期にはモンゴル(元)の影響を受けた。この頃からチョゴリはしだいに短くなっていく。
官服は中国風の制度を保ちつつ、苧麻(からむし)や絹の上質な織物が用いられた。
王室が元と姻戚関係を結んだ後期には、宮廷の装いや髪型にモンゴル風が入り、逆に高麗の様式が元でも「高麗様(こうらいよう)」として好まれた。女性のチョゴリは丈を縮め、帯を高く結ぶ方向へ向かった。
朝鮮王朝が興ると、儒教の秩序のもとで、この流れは典型的な韓服の姿へと結実する。