概要
儒教の秩序が装いを律し、白い衣を好む慣習から朝鮮の人々は「白衣民族」とも呼ばれた。
主な装い
女性は短いチョゴリと胸高の豊かなチマを重ね、男性はパジ・チョゴリの上にトゥルマギをまとい、外出にカッをかぶった。官人は袍の胸背に位階を示す刺繍の胸背(フンベ)を付けた。ノリゲなどの装飾も発達し、十八世紀には巨大なかつら(カチェ)が奢侈として規制された。
移り変わり
十九世紀末、大韓帝国と開国のもとで、西洋の装いが宮廷や官界に入りはじめる。
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朝鮮王朝で韓服は典型的な姿に結晶した。女性のチョゴリは極端に短く、チマは胸高に豊かにふくらみ、男性はトゥルマギ(外衣)に馬の毛の帽子カッをかぶった。
儒教の秩序が装いを律し、白い衣を好む慣習から朝鮮の人々は「白衣民族」とも呼ばれた。
女性は短いチョゴリと胸高の豊かなチマを重ね、男性はパジ・チョゴリの上にトゥルマギをまとい、外出にカッをかぶった。官人は袍の胸背に位階を示す刺繍の胸背(フンベ)を付けた。ノリゲなどの装飾も発達し、十八世紀には巨大なかつら(カチェ)が奢侈として規制された。
十九世紀末、大韓帝国と開国のもとで、西洋の装いが宮廷や官界に入りはじめる。