何が起きたか
戦国時代の諸国は、互いに対して、また草原の勢力に対して城壁を築いた。前221年の統一後、始皇帝は将軍・蒙恬に北方の城壁の連結と延長を命じた(前214年頃)。これは版築(突き固めた土)による工事で、目に見える形ではほとんど残っていない。漢はさらに西方へ城壁を延ばし、シルクロードの回廊を守った。
背景
今日の象徴となっている望楼付きの煉瓦と石の長城——北京近郊の八達嶺や慕田峪——は、ほぼすべて明代(1368〜1644年)のもので、1449年の土木の変によりモンゴルの脅威が高まって以降、特に増強された。徴発労働の犠牲の大きさは、泣き声が城壁の一部を崩したと伝えられる孟姜女の伝説を生んだ。
影響
公式調査では、明代の長城は約8,850km(2009年)、歴代のすべての城壁の合計は21,000km超(2012年)と測定された。1987年にユネスコ世界遺産に登録された。なお「宇宙から肉眼で見える」という通説は誤りである。