概要

パフラヴィー朝(1925年〜1979年)は、レザー・シャー(在位1925年〜1941年)とその子モハンマド・レザー・シャー(在位1941年〜1979年)の2代にわたる。レザー・シャーによる鉄道・学校・世俗化・独裁を柱とする強権的近代化は、1941年の英ソ占領で幕を閉じた。1940年代は比較的開かれつつも危機の連続で、占領、1946年のアゼルバイジャン危機、1951年のモサッデグによる石油国有化、そして1953年のクーデターが続いた。

主な動き

1953年以降、シャーはアメリカとの提携のもとで王政独裁を再建し、1957年設立の秘密警察サヴァクは、反体制派への監視と拷問(記録に残る)で悪名を馳せた。1963年の白色革命(農地改革・識字部隊・女性参政権)は旧来の諸階層を動揺させる上からの近代化で、同年のホメイニ逮捕をめぐる抗議は武力で鎮圧され、ホメイニは1964年に国外追放された。1970年代の石油ブームは急増する収入と武器購入、そして1971年のペルセポリスでの王制2500年祭(国内で広く批判された豪奢な祭典)をもたらしたが、その後はインフレと期待の挫折が続いた。

終わりと移行

1975年のラスターヒーズ党による一党制、腐敗への不満、文化的な疎外感が混じり合い、1978年〜1979年の革命へとつながった。シャーは1979年1月にイランを離れ、王制は同年2月に倒れた。