概要
陳朝は何よりモンゴル撃退で記憶される。モンゴル帝国・元による三度の侵攻(1258年、1285年、1287〜88年)はいずれも退けられた。最後は1288年の第二次バクダン(白藤)江の戦いで、総司令官チャン・フン・ダオ(陳興道)の指揮のもとの勝利である。この戦役はベトナム史を象徴する叙事詩的な出来事とされる。
主な動き
最初のベトナム正史『大越史記』が1272年に編纂された——原本は失われ、その内容は1479年の『大越史記全書』に取り込まれて伝わる。民衆文字チュノム(字喃)も文学に広がった。時代の後半にはチャンパとの戦争が激化した。
終わりと移行
戦争による疲弊と宮廷の弱体化の末、1400年に帝位は重臣ホー・クイ・リに移った。短命の胡朝は明の侵攻(1406〜07年)で滅び、大越は明の一省として併合された。過酷な占領は約20年続き、1427年にラムソン蜂起が勝利を収めた。