概要

全体像を担う史料は二種あり、それぞれ別の世紀を覆う。五世紀から七世紀の副葬墓は金属製品を残す。ブローチ、留め針、留め金、袖口の留め具、女性が腰に下げた透かし彫りの帯飾りである。墓のなかでの位置が、それが留めていた衣のあった場所を示す。十世紀からは写本が引き継ぎ、聖書の場面に同時代のイングランド人を描き込む。本頁の労働者たちはバベルの塔を建てているが、その装いは絵師自身の時代のものである。両者のあいだには、ほとんど何も残らない三世紀の空白が横たわる。

着方と特徴

男は膝丈の上衣を頭からかぶり、腰で帯を締め、袖は手首で細く仕立てた。その下に脚衣あるいは別仕立ての脚の覆いをつけ、ふくらはぎに紐を巻き上げて留めることも多かった。上には方形の外套を片方の肩で留める。剣を持つ腕を自由にしておくためである。初期の女性の衣は筒状の長衣で、両肩をそれぞれブローチで留めた。裁つ必要のない仕立てであり、そのため一対のブローチが鎖骨のあった位置に残る。七世紀からは袖のついた長衣に下着を重ね、帯を締め、髪を布で覆う姿へと移り、肩の一対のブローチはそれとともに消える。

歴史

この変化は流行であると同時に宗教の変化でもある。改宗は、キリスト教ヨーロッパの他の地域と同じ、髪を覆い袖のある全身を包む輪郭をもたらし、同時に副葬の習慣を終わらせた。考古学の記録が薄くなるのがちょうど写本の記録の始まる前である理由はそこにある。色は手に入り、用いられていた。茜、木犀草、大青が赤と黄と青を与え、衣の縁を飾る組紐は絹で、ときに金糸で織られた。一〇六六年ののち、イングランドの装いはノルマン宮廷の大陸風の流行に吸収され、上衣と脚衣の組み合わせは、晴れ着ではなく仕事着として残る。