概要

上は黒の衣、下は赤の裳で、日、月、星辰、山、龍、華虫、宗彝、藻、火、粉米、黼、黻の十二章を置く。十二すべてを着るのは皇帝のみで、位が下がるにつれ数を減らす。冠は帽の上に前へ傾けた長方形の板を載せ、前後に十二旒の玉を垂らす。玉佩、赤い蔽膝、大帯がこれに加わる。

着方と特徴

祭祀と最上位の儀礼にのみ着け、人の手を借りて着装し、ゆっくり動く――頭を速く回せば垂れた玉が振れて当たるからである。それは意図されたことで、古典の説明では旒が君主の視野の端を遮り、冠の充耳が軽々しい言葉を遮る。装いそのものが、儀礼の求める落ち着きを強いる仕組みである。すべてが好みではなく規定である。

歴史

冕服は周の礼書に定められ、以後の各王朝は細目を書き換えながら板状の冠と十二章を保った――だから周の衣が明でも着られている。朝鮮、日本、ベトナムも自国の君主のために採り、旒の数を減らして臣下の位を示した。清はこれを廃し、三千年が終わった。今日見られるのは復元、博物館の展示、そして日本の即位の礼においてである。