概要
ローマ帝国の属州となったエジプトでは、地中海世界の装いと在来の伝統が交わった。
主な装い
人々は帯を締めたチュニックにマントをまとい、上層はローマの流行に倣った。ファイユームの板絵肖像は、金の装身具や結い上げた髪とともに、その装いを写実的に記録する。この頃、装飾を織り込んだコプト織のチュニックが現れ始めた。
移り変わり
アラブの征服(六四一年)とともに、イスラームの装いがエジプトに広まっていく。
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ローマ支配期のエジプトでは、ローマ風のチュニックが広まった。ファイユームのミイラ肖像画が、当時の装いや装身具、髪型を驚くほど生き生きと伝える。
ローマ帝国の属州となったエジプトでは、地中海世界の装いと在来の伝統が交わった。
人々は帯を締めたチュニックにマントをまとい、上層はローマの流行に倣った。ファイユームの板絵肖像は、金の装身具や結い上げた髪とともに、その装いを写実的に記録する。この頃、装飾を織り込んだコプト織のチュニックが現れ始めた。
アラブの征服(六四一年)とともに、イスラームの装いがエジプトに広まっていく。