概要
アレクサンドリアを中心に、ギリシア・エジプトの文化が交わり、装いも二つの世界が併存した。
主な装い
マケドニア系の王族や上層はギリシア風のキトンとヒマティオンをまとった。クレオパトラは、ギリシアの女王としても、エジプトの女神・ファラオの装いでも表された。エジプトの民衆は、伝統の亜麻の腰布とシースドレスを続けた。
移り変わり
ローマがエジプトを併合すると、ローマの装いとファイユームの肖像の世界へと移っていく。
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プトレマイオス朝では、ギリシア系の支配層とエジプトの民という二重の装いの世界が生まれた。宮廷ではギリシアのキトンやヒマティオンが、民衆にはなお亜麻の伝統的な装いが用いられた。
アレクサンドリアを中心に、ギリシア・エジプトの文化が交わり、装いも二つの世界が併存した。
マケドニア系の王族や上層はギリシア風のキトンとヒマティオンをまとった。クレオパトラは、ギリシアの女王としても、エジプトの女神・ファラオの装いでも表された。エジプトの民衆は、伝統の亜麻の腰布とシースドレスを続けた。
ローマがエジプトを併合すると、ローマの装いとファイユームの肖像の世界へと移っていく。