概要
クレタのミノア文明は仕立てた衣という例外だが、以後のギリシアの装いは、切らずにピンと帯で留める掛け衣を一貫した理想とした。
装いの歩み
古典期の彫刻が理想化したドレープの美は、西洋の装いの規範となった。ローマ、ビザンツ、オスマンの支配を経て、独立後のギリシアではフスタネッラ(男性のプリーツ・スカート)が国民的な装いの象徴となった。
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ギリシアの装いの核心は、裁たずに体に巻きとめる長方形の布——キトン、ペプロス、ヒマティオン——である。この掛け衣の美意識は西洋古典の理想を形づくり、のちにビザンツの絹、オスマン期の民族衣装、近代のフスタネッラへと展開した。
クレタのミノア文明は仕立てた衣という例外だが、以後のギリシアの装いは、切らずにピンと帯で留める掛け衣を一貫した理想とした。
古典期の彫刻が理想化したドレープの美は、西洋の装いの規範となった。ローマ、ビザンツ、オスマンの支配を経て、独立後のギリシアではフスタネッラ(男性のプリーツ・スカート)が国民的な装いの象徴となった。