概要
東ローマ(ビザンツ)帝国の一部として、ギリシアは絹織物と華麗な宮廷装束の世界に属した。
主な装い
人々は長袖のチュニックやダルマティカ、その上に長い外衣をまとい、体を覆った。宮廷では絹に金糸の刺繍や真珠を施し、皇帝はロロスなどの華麗な礼装をまとった。色は身分を示した。
移り変わり
一四五三年のコンスタンティノープル陥落後、ギリシアはオスマン帝国の下に入り、装いも変わっていく。
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ビザンツ時代のギリシアでは、古典の掛け衣に代わり、体を覆う長い衣と豪奢な絹が装いの中心となった。キリスト教の慎みのもと、刺繍と宝石で飾られた装いが尊ばれた。
東ローマ(ビザンツ)帝国の一部として、ギリシアは絹織物と華麗な宮廷装束の世界に属した。
人々は長袖のチュニックやダルマティカ、その上に長い外衣をまとい、体を覆った。宮廷では絹に金糸の刺繍や真珠を施し、皇帝はロロスなどの華麗な礼装をまとった。色は身分を示した。
一四五三年のコンスタンティノープル陥落後、ギリシアはオスマン帝国の下に入り、装いも変わっていく。