概要
世界と交易したアユタヤの宮廷では、装いが富と身分を示し、絹・金・宝石が用いられた。
主な装い
男女とも巻き下衣チョンクラベンを着け、女性は胸から肩へサバイをかけた。宮廷や貴族は、金糸で文様を織り出したパーヨックの布をまとい、位に応じて色や文様が定められた。ペルシアやヨーロッパ、中国、日本との交易が、装いに新しい布や意匠をもたらした。
移り変わり
一七六七年にアユタヤが陥落したのち、トンブリー朝がその装いの伝統を受け継いでいく。
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アユタヤ朝は、交易で栄えた大王国であり、宮廷の装いは絹と金襴で華やかをきわめた。基本は巻き下衣チョンクラベンと肩布サバイだが、位階に応じた金糸の織物(パーヨック)が権威を示した。
世界と交易したアユタヤの宮廷では、装いが富と身分を示し、絹・金・宝石が用いられた。
男女とも巻き下衣チョンクラベンを着け、女性は胸から肩へサバイをかけた。宮廷や貴族は、金糸で文様を織り出したパーヨックの布をまとい、位に応じて色や文様が定められた。ペルシアやヨーロッパ、中国、日本との交易が、装いに新しい布や意匠をもたらした。
一七六七年にアユタヤが陥落したのち、トンブリー朝がその装いの伝統を受け継いでいく。