概要

1932年の立憲革命以降、タイは立憲君主制の国として現在に至る。政治は軍事政権、短い民主化の局面、民選政権の間を行き来し、その一方で経済は東南アジア最大級の一つへと成長した。

主な動き

1939年、ピブーン政権のもとで国号を「シャム」から「タイ」へ改めた。第二次世界大戦では1941年12月に日本軍がタイに進駐し、ピブーン政権は日本と同盟して1942年に英米へ宣戦した。一方で自由タイ運動は連合国側と協力し、戦後のタイは寛大な扱いを受けた。

戦後は米国と緊密な同盟関係を築き、東南アジア条約機構(SEATO)の本部はバンコクに置かれた。1960年代から急速な経済成長が始まり、1980年代後半から1990年代半ばには好況を迎えた。

政治では、1973年10月14日の学生革命が軍事支配を倒し、1976年10月6日にはタンマサート大学で学生虐殺事件が起き(公式発表で46人死亡、100人を超えるとする推計もある)、軍主導の政権が復活した。1992年の5月流血事件ののちには約10年の民主的な時代が続き、「国民の憲法」と呼ばれる1997年憲法が制定された。1997年にはバーツを発端とするアジア通貨危機が起きた。2000年代から2010年代には政治の分極化が深まり、2006年と2014年に軍事クーデターが起きた。プミポン国王(ラーマ9世)は1946年から2016年まで70年間在位した。

終わりと移行

この時代は現在も続いている。2016年以降はワチラーロンコーン国王(ラーマ10世)の治世である。