概要
証拠の多くは陶と絵である。ミナーイー手の鉢、ライやカーシャーンの塑像、そして時代直後の写本絵画。そこには身体に巻いて帯を締めたカバーと呼ばれる長衣があり、細い袴を柔らかな長靴に入れている。馬のために裁たれた衣である。その上に、上腕へ巻くティラーズの銘帯が載る。カリフの衣裳とともに来たもので、恩顧を受けた者の印であった。装いの二つの半分が、この王朝の主張の二つの半分でもある。
着方と特徴
長衣は地域と時期により左を上にも右を上にも合わせ、金具を並べた帯で留める。袖は長く細く、その上に袖なしの上着を重ねることも多い。袴は細く裁って靴に入れる。そうしなければ袍が乗馬でまくれ上がるからである。頭のものは政治的な選択で、定住民と宗教者は巻いたターバン、軍人はトルコ系の毛皮縁の高い帽子を被る。同じ人物が、絵の目的しだいでどちらにも描かれる。
歴史
セルジュークの姿は王朝より長く生きた。アナトリアやジャズィーラの後継者は帯付きの長衣と腕帯を保ち、草原の裁ちとペルシア・アラビアの装飾の結合は、東地中海から中央アジアに至るイスラム宮廷の視覚言語になった。のちのペルシア絵画が「古い」衣裳を描くとき、その典拠はどの時代にも劣らずこの時代である。