概要

在来の熱帯の装いと、北属期に入った中国の衣という二つの流れが、ベトナムの装いの骨格をなした。宮廷は中国風の礼装を、民衆は在来の実用の衣を保った。

装いの歩み

阮朝には、ズボンの上に長い衣をまとう五身の衣が定まり、これがアオザイの母体となった。フランス植民地期に洗練され、現代のアオザイは国民的な装いとして受け継がれている。