概要
在来の熱帯の装いと、北属期に入った中国の衣という二つの流れが、ベトナムの装いの骨格をなした。宮廷は中国風の礼装を、民衆は在来の実用の衣を保った。
装いの歩み
阮朝には、ズボンの上に長い衣をまとう五身の衣が定まり、これがアオザイの母体となった。フランス植民地期に洗練され、現代のアオザイは国民的な装いとして受け継がれている。
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ベトナムの装いは、東南アジアの在来の衣に、千年に及ぶ中国支配のもとでの中国の影響が重なって育った。やがて交領の長衣や五身の衣から、ズボンの上にまとう長衣アオザイと円錐形の笠(ノンラー)という独自の装いが生まれ、近代のアオザイは国民的な象徴となった。
在来の熱帯の装いと、北属期に入った中国の衣という二つの流れが、ベトナムの装いの骨格をなした。宮廷は中国風の礼装を、民衆は在来の実用の衣を保った。
阮朝には、ズボンの上に長い衣をまとう五身の衣が定まり、これがアオザイの母体となった。フランス植民地期に洗練され、現代のアオザイは国民的な装いとして受け継がれている。