概要

主な文献は敵意ある側のものである。大越へ赴いた中国の使節の記録は、訪問者に奇異と映ったものを書き留めた。宮廷での素足、短い髪、位ある男の刺青、黒く漆をかけた歯。衣そのものは交領の袍で、左を上に合わせ、官は長く、他は短く、ゆったりした袴の上に着る。位を示すのは色と生地であって、裁ちはほとんど示さない。その平らかさこそ使節の目に留まった点である。

着方と特徴

袍は巻いて結び、腰に帯を締める。袖は宮廷の装いでは広く、働く装いでは細い。説明を要するのは刺青である。陳朝は腿に龍を彫る宮廷の慣行を保ち、近衛の兵は胸に文字を負った。脱げない制服である。宮中の素足は、中国の使節が二度書き留めるほど当たり前であった。そして紅河デルタの実際的な装い——乾く重ね着、まくれる袴——がその全体の下にある。

歴史

これは三度の元の侵攻を退けた王朝の衣裳であり、刺青はたいていその事実と並べて語られる。王朝とともに終わった。胡朝、続く明の占領が中国風の装いと髪を宮廷に押しつけ、のちの黎朝の復興が築いた宮廷の装束は、陳朝のどの時期よりも規定において中国的であった。素足の官人と刺青の近衛は、二度と現れない。